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短冊の書き方


最終更新日 2000.6.29(「短冊への題の入れかた」を追加)


短冊には古来、一定した書式があります。書を学んでいる人も、短歌や俳句を学んでいる人も、常識として心得ておくことはむだではありません。参考になれば幸いです。

書き方題の入れ方色紙短冊の上下大きさ歴史紙(模様)の移り変わり
短冊の書き方


短冊の書き方は、「
三つ折り半字がかり」といいます。

ここで、三つ折りですが、春名好重氏は、

「三つ折りは短冊を横に四等分する。上の四分の一の紙面に題を書く」

といっています。「三つ折り」を「三ケ所の折り目をつける」という意味に解します。「三つ折り」を現代の言葉で、「三等分」と解さないようにしましょう。

筆をとりますが、書こうとする歌に題があるときは、さきに歌を書いて、題はあとでいれるのが作法です。

短冊を四つに折ったとしたときの、上部ひとつめの折り目あたりの高さから筆をおろして書きはじめます。一番上の折り目に句の第一字を半分かかるように歌を書きはじめるので「半字がかり」といいます。

下の4分の3の紙面に歌を2行で書きます。

1行目に上の句17字を書き、2行目に下の句14字を書きます。

を継ぐのも決まっていて、初句、3句目、5句目です。

3句目で、1回目の墨を継ぎます。

4句目から行を改めます。

2行目は、1行目よりやや低く書きます。わからない程度なので、肩を並べるくらいで可です。ただ、2行目が1行目より高くならないよう、気をつける程度でよいでしょう。

5句目で、2回目の墨を継ぎます。そのまま最後の署名(落款といいます)まで一気に書いてしまいます。

1行目の3句の末字は、短冊の下の端から一寸足らずのあたりで止まるのが格好がよいでしょう。

また、2行目のおしまいの署名は、1行目の末字よりこころもち下がっている程度が見好いです。

両方の行頭ですが、漢字を並べて書かないように。2行ともかなで書くか、どちらかをかなにするなど、工夫するようにしましょう。

署名(落款)は、歌にはペンネームや雅号を避けて本名を、俳句や漢詩には雅号を書くのが慣例です。いずれも印は不要です。

古来、婦人の歌短冊をみると、2行めは1行めより1字下げて書き、署名(落款)は謙遜して、わざと表をさけて、短冊の裏の右下方にしたためています。婦人の美徳という習わしですが、かならずしも一定はしていません。

自作の詠歌ではなく、古歌を書くばあいも、2行目を一字さがりにするのが慣例です。

春名好重氏によると

書家の書く短冊は題を書かないから、上部の空白を四分の一より狭くしてもよい。書家はたいてい古歌を書く。その場合は筆者の名を「○○かく」と書く。雅印を押してもよい。

とのことです。

墨をつぐのも、書の作品の場合は、かならずしも原則に従う必要はないでしょう。

追弔や法要など、いわゆる凶事に属する歌は、短冊の上下を逆にして書くことになっています。

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短冊への題の入れかた


最後の署名(落款)まで書き上げた後、全体のつり合いをみつつ、上部の余白に配置します。


一字から三字までの題は、まん中に一行に書きます。

四字以上の題は二行に割書きします。

題が長くて歌の上部だけにおさまらない場合は、歌の行間にまで割り込んでもかまいません。ただし、その際にはなるべく小刻みに間隔を開けながら書くなど、全体の美観を損ねないように気をつけます。

留別などの贈答歌の場合には、歌に消息(手紙)を添えて書き入れてもよいという慣例があります。この場合には、長い題を書くのと同様の要領ですが、長い場合には、題の右側から書きはじめて下まで、次に左側という風に書きます。そして歌の行間にわたるという順序になります。

こうした消息などを書き付ける書式は、足利期にもっぱら流行りました。

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色紙・短冊の上下について


色紙・短冊において、無地・唐草模様のものは上下の区別はありません。基本的には縦長に使用すればよい。
但し、唐草でも濃淡のある場合は
濃い方が上となります。

模様のあるものは、
雲形・霞形などの場合、
空間の広い方を上にします。

着色の異なる場合濃い方が上になります。
但し、打曇りの色紙・短冊で青や紫などのように同一程度の色調のときは、
青を空とみたてて上にします

金砂子や金・銀箔を散らしたものは、上下二段に捲いてあるものは、端からはかって金砂子までの空間が広い方が上同一寸法の場合は、箔の多い方が上になります。

季節感から
春は青夏は赤秋は黄か白冬は紫と伝統的に色が決められているようです。

打曇(うちぐもり)とは
素紙に雲形を漉き込んだもので、以後雲形短冊が一般になりました。
※この雲形紙には一つの原則があります。
普段は
青色雲が上紫色雲が下
但し、追慕の時は逆になって紫が上となります。


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短冊の大きさ


たて
1尺2寸(36.4cm)、よこ2寸(6.1cm)

明治の始めまでの短冊の大きさは決まっていませんでした。それぞれ少しずつ異なっています。たいていは今の短冊よりすこし小さいようです。明治になって現在の大きさをきめました。それが現在の短冊です。

弥富賓水氏の書いたところによると

「これは明治維新後、宮内省の短冊御用を承っていた京都の山本正春がつくりだしたのがこの寸法だったので、以来これがお手本になってしまったものだが、必ずしもこの寸法が絶対ではない」

とのことです。

後述のとおり、頓阿と為世が申し合わせてつくった短冊は、長さは1尺ですが、幅は1尺8分の白短冊でした。

寸法の変遷は、古今要覧稿、本朝世事談などに、くわしい。

天皇は、特に長い短冊を用いられたらしく、本朝世事談に、三条西実枝が定めたとして、宸翰は長さ1尺8分、幅2寸とあります。

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短冊の歴史


今日のような形の短冊の創始者については、諸説あります。

・ 藤原(二条)為世、頓阿法師らが申し合わせてつくったという説(尭恵の和歌深秘抄)

・ 藤原定家との説(今川大雙紙)

・ 宗祗とする説(類聚名物考)

これらをはじめとして諸説錯綜していますが、和歌深秘抄説が一般的です。

頓阿(とんあ)(1289-1372)が美濃国(岐阜県)の不破の関の関屋の板庇(いたびさし)に和歌を書いて、二条為世(にじょうためよ)(1251-1338)に贈り、板庇のおおきさによって短冊の大きさを決めたとのことです。そして、短冊は頓阿がつくったとか、頓阿が為世と相談してつくったとかいわれています。

深秘抄には

「短冊の事、為世卿頓阿申合候哉、長さ一尺にて候、只今入見参候、此題岸柳、為世卿自筆にて候、裏書は頓阿、重而子細は尭孝筆跡にて候」

云々とあります。

頓阿は中世和歌四天王の筆頭とよばれる僧で、この人の短冊は相当伝わっているらしいです。

二条為世は、藤原定家の曾孫で、(二条は本姓)、二条家の歌学をまもり、新後撰集、続千載集などを勅撰しています。

短冊というのは、懐紙を縦に8等分したものといわれています。

「色紙短冊」と呼びますが、色紙は短冊よりはやく生まれています。

短冊は色紙に遅れること、150年の弟分です。色紙の寸法を定めてこれを完成させたのは、藤原定家とされています。定家は鎌倉時代初期の歌人です。その曾孫の為世がこんどは短冊をつくりました。これは鎌倉末期で、この間が約150年です。

懐紙を十文字に4等分したのが色紙で、短冊は縦に8等分したものといわれています。

懐紙は平安朝のころにはすでに存在していて、これが色紙と短冊の母体になっている、と一般に考えられています。

漢詩をつくる作文会(さくもんえ)、和歌をつくる和歌会(わかかい)の漢詩や和歌は、懐紙(一枚の大きな紙)に書いていました。漢詩や和歌を書く懐紙には檀紙(だんし。楮紙(ちょし)のなかで最も精良な紙)杉原(すいはら、檀紙より小さくて薄い紙)を用いました。

鎌倉時代の中頃には、晴には懐紙を用いましたが、け(ふだん)には短冊を用いるようになりました。紙の節約を考えるようになったのでしょうか。

短冊は杉原を縦に8等分したものです。

打曇(うちぐもり)を切って短冊をつくることもありました。

書き方題の入れ方色紙短冊の上下大きさ歴史紙(模様)の移り変わり
紙(模様)の移り変わり


短冊がうまれたころの紙は、上述のとおり、いわゆる杉原紙、白短冊の簡素なものでした。

頓阿法師や兼好法師、二条為世などはみなこれを用いています。
後宇多天皇の宸筆短冊も同様で、光明天皇、足利尊氏など、同様な白短冊です。

これにつづくもっとも古い短冊の模様は、打雲の短冊です。

白短冊から一転してこの模様に辿り着いたのは、後円融帝(応安-永徳)前後のようです。白短冊の時代は、50年程つづいたことになります。

打雲短冊が出現した頃には、紙の方も鳥の子紙なども発生しました。

雲形ですが、上の雲は青雲で天を象徴し、下の雲は赤または褐色で地をなぞらえたもの、雲形の模様の内面がぼかされているので内雲りとよばれたもののようです。

古い短冊ほど、この雲の幅が薄く、上と下との雲の間隔が多く開いているが、後世になるにつれてその幅が厚くなり、の上下の雲も互いに接近してきています。

そのうちに天神雲、飛雲(とびくも)なども現れ、雲が上下以外にも浮遊するようになります。

室町時代の末には、金泥・銀泥で簡略な下絵を描いた短冊が用いられました。

桃山時代には華麗な装飾をほどこしたり、美しい下絵を描いたりした短冊が用いられました。

その後は、また簡素な短冊を用いました。



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